科学技術・学術政策研究所が令和5年1月に発表した
「修士課程(6年制学科を含む)在籍者を起点とした追跡調査」によると、修了後の就職選択者の割合は約7割でした。
経済的な自立や仕事がしたいという理由が6割前後、博士課程での経済的見通しのなさや修了後の就職に対する不安といった声が4割程度です。こういった声はポスドク問題の影響もあるといえるでしょう。
そこで、本記事ではポスドク問題に注目して解説します。
ポスドクの平均年齢は高齢化傾向
ポスドクとは博士研究員を指し、英語では「Postdoctoral Researcher」や「Postdoctoral fellow」と呼ばれています。
大学院博士後期課程(ドクターコース)の修了後に就く、任期付きの研究職ポジションのことをさします。ポスドク研究員、博士研究員とも呼ばれます。
いずれ研究者になりたいと希望する人が多く、その前段階としてポスドクとして研究成果をあげることが重要です。
ポスドクの7割が男性
文部科学省の科学技術・学術政策研究所が令和3年に発表した「ポストドクター等の雇用・進路に関する調査」によると、全国の大学・公的研究機関1176機関のうち、ポスドクが1人以上在籍している機関は24.6%(289機関)でした。
人数は1万5590人、前回調査(平成27年)と比較すると320人減少しています。全体の70.2%(1万948人)が男性、29.8%(4641人)が女性です。
平均年齢37.5歳と高齢化傾向にある
科学技術・学術政策研究所の同調査によると、ポスドクの平均年齢は37.5歳(男性37.2歳、女性38.1歳)でした。平成27年に行われた前回調査での平均年齢は36.3歳(男性36歳、女性37歳)だったことから、平均年齢は1.2歳上昇していることがわかります。
ポスドクで最も多い分野は理学
ポスドクはさまざまな分野にわたって活躍しています。多い分野TOP3は理学36.8%(5737人)、工学21.3%(3315人)、保険17.0%(2648人)です。
所属している研究室が民間企業と共同研究あるいは委託研究を行っている割合については、「契約あり」が平成27年度の37.5%と比較して令和3年度は40.9%と3.4%増加しています。
雇用期間は平均1年
ポスドクの雇用期間は平成27年度調査では1年以上2年未満が33.5%で最多でしたが、令和3年になると、雇用期間1年が46.6%と最も多い結果でした。
次に多いのが雇用関係自体がないケースで、こちらは全体の22.8%です。1年以上雇用されるケースは非常に少なく、1年以上2年未満が3.2%、3年以上4年未満が4.1%、10年以上雇用されているケースはわずか0.3%となっています。平成27年度と比較すると、雇用期間が短くなっている状態です。
ポスドクになる理由やメリット
企業での就職ではなく、ポスドクを選択することで次のようなメリットがあります。
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- 大学教授や研究員になるための下積みができる
- 将来的に大学教授や研究員などになりたい場合、必ずポスドクとしての経験を求められます。ポスドクをしている間に自分の研究で成果をあげれば、それだけ認められて評価につなげることも可能です。
ポスドクは任期が短い傾向があるので複数の大学や研究機関で研究できますし、経験を積むことで自信がつきます。
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- 海外でポスドクになれば将来の選択肢の幅がひろがる
- 海外でのポスドクも選択のひとつでしょう。実際、「ポストドクター等の雇用・進路に関する調査」では日本にも外国人のポスドクが30.1%(4693人)いることがわかっています。
欧米のポスドク経験後、チャンスがあればそのまま海外で就職することも可能です。また、日本では海外経験のある研究者を求めている企業も多いため、就職する際に有利になります。
海外でのポスドクは待遇の良さで知られており、給料面や働き方について本人のワーク・ライフ・バランスを考慮してくれるので働きやすいところも多いようです。
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- 将来的に人の役に立つ可能性がある
- 医療研究などに携わっていれば、新たな薬などの開発につながる可能性があります。結果的に、自分が関わった開発によって人の役に立てることも少なくありません。
企業ポスドクの場合、そういった医療研究の開発者の仕事も募集されています。研究者としての知識や経験が増えるだけではなく、やりがいを感じられるのも良いところです。
ボスドクの仕事は研究以外に多岐にわたる
ポスドクは雇用されているため、自分の研究を進めると同時に仕事をこなさなければなりません。
ポスドクの主な仕事は研究することです。研究する内容は所属研究室で決められているテーマ、もしくは自分が研究したいと考えているテーマになります。
自分の興味がある分野を研究する場合は、教授や上司にあらかじめ相談しなければなりません。研究で成果があれば、その内容を論文にまとめます。
研究結果が出た際などに、なぜそういう結果が出ているのか、どういう過程でこうなるのかなど結果の裏付けとなる情報を集めてまとめます。
わかりやすく、正確にまとめなければならないので研究について理解していなければなりません。また、情報収集という意味では、研究に関わった人とコミュニケーションをとることも重要になります。
大きな研究機関に雇用された場合、研究のプロジェクトに参加するメンバーとして雇用されることがあります。
この場合は、自分の研究テーマではなく、研究機関の研究プロジェクトに参加するのが仕事です。雇用期間はプロジェクトの間のみですが、こういった仕事に参加することで経験値を増やせます。
ポスドクの仕事には臨床開発モニター(CRA)があります。CRAの役割は医薬品の治験が行われる際に、それがきちんとルールに則って行われているかどうかを監視することです。製薬会社で外部委託として募集されているケースが少なくありません。
研究者の助手的な立場に「テクニシャン」があります。研究するなかで分析が必要なときには結果をわかりやすくまとめたり、研究者に依頼された培養をしたりするのが仕事です。主に細胞培養の研究をしている研究機関や企業、大学などで募集されています。
ポスドク問題を国や企業が積極的に支援
ポスドクは研究において重要な役割を果たしていますが、「ポスドク問題」が深刻化しています。
ポスドク問題とは
ポスドク問題はポスドクにとって非常に大きな問題です。ポスドクとして雇用されることで興味のある研究に集中できたり、さまざまな経験を積んだりすることができます。
ポスドクになることはメリットもありますが、就職したくても研究者として就職できず、ポスドクのまま長年働いている人が少なくありません。特に、ポスドクの高齢化が進んでおり、35歳以上でも正規雇用されないままポスドクとして働く人は「シニアポスドク」と呼ばれています。
ポスドクとして雇用されるのは平均1年程度と短期間なので、雇用期間が終わればほかの大学や研究機関、企業などの求人に応募する必要があります。
将来的に大学教授を目指している場合はポスドクの間に研究成果を出さなければなりませんし、企業や研究機関の研究職は募集人数自体が多くないので競争率が激しいです。社会保険に加入できずにいるポスドクが多い点も問題視されています。
国が行った「ポスドク1万人計画」
1996~2000年にかけて、文部科学省は「ポストドクター等1万人支援計画(ポスドク1万人計画)」と呼ばれる施策を実施しました。ポスドクなど博士課程修了者は雇用先を見つける際の競争率が激しいゆえに、思ったように働けない状況だったのです。
そのため、国の研究開発を活発化する目的として、ポスドクなどを雇用するための支援金を支給するという計画です。当時、予算も2倍近くに増額され、実施されました。
その結果、ポスドクになる博士課程修了者が増加し、国としては若手研究者の養成につながったとしています。ただ、それはあくまでも一部であり、ポスドク全体で改善されたとは言えない状況です。
国の支援制度「卓越研究員制度」
卓越研究員制度はポスドクなど若手研究者のなかでも優秀な人材と、そういった研究者を雇用したい企業や研究機関をマッチングし、仲介する事業です。
雇用する側は任期なしでポスドクを雇用する、あるいは任期ありの場合はその後に任期なしで雇用するための条件を提示しなければなりません。これによって、ポスドク問題の改善を目指すものです。
製薬会社やバイオ研究機関などでポスドクの求人が増加傾向にある
バイオ研究を行う企業や研究機関が増加傾向にあります。これは国が再生医療の実用化を推進していることも関わっており、バイオ研究において国の支援を受けられるという面も大きいようです。
そのため、企業間や研究機関の共同開発、技術の提携なども盛んに行われています。ここで注目されたのが博士課程を修了し、専門的な知識と経験を持つポスドクです。
製薬会社では医師への正確で詳しい情報提供ができる人材を求めており、こちらでもポスドクが注目されています。
ポスドクの高い専門性は医療業界やIT業界で需要が増えている
ポスドクは高い専門的知識と研究経験を持つ優秀な人材です。企業と契約したうえで雇用されているケースも増加しつつあります。
ただ、雇用期間は1年のみといった短期間の場合が多く、正規雇用職員として長く雇用されるケースは未だに少ないのが現状です。日本でポスドク問題が起こっている一方、海外ではポスドクはあくまでも研究者になる前のトレーニング期間と考えられています。
ポスドク期間もワーク・ライフ・バランスが考慮されていたり、給料やそのほかの待遇面が日本と比較して良かったりするので働きやすい環境です。そのため、日本を飛び出して海外でポスドクとしての経験を積む人もいます。
日本政府は博士課程修了者など研究者の海外流出を防ぎたいという考えを明確にしており、今後もポスドク問題解決に向けてさまざまな支援が期待できるでしょう。
複数の大学や研究機関、企業で働く、海外で働くなどポスドクとしての選択肢はいくつかあります。ただ、ポスドク問題が解決していない現状では正規雇用職員として採用されるのは簡単とはいえません。
正規雇用されるチャンスを増やすためには、転職エージェントのような専門家のサポートを受けるのもひとつの方法です。
ポスドク問題があるなかで、需要が増えている業界もあります。それは医薬品やバイオ研究を行っている
医療業界、パソコンやスマホの普及で将来性がある
IT業界です。
ほかの業界でも求人はありますが、特に多いのがこの2つの業界となっています。正規雇用の求人も少なくないため、ポスドク経験を十分に積んだので就職したいと考えている場合などは、求人に応募してみるのもよいでしょう。